「アッラーの剣」と恐れられた男――無敗の名将ハリド・イブン・アル=ワリードとは?
世界史には、「戦争の天才」と呼ばれた人物が数多く存在します。
ナポレオン。
ハンニバル。
アレクサンドロス大王。
しかし、そんな怪物たちと並んで語られるにもかかわらず、日本ではあまり知られていない“無敗の名将”がいます。
その男の名は――
ハリド・イブン・アル=ワリード
イスラム世界では、
「アッラーの剣」
とまで呼ばれた伝説的武将です。
今回は、世界史最強候補の一人とも言われるハリド・イブン・アル=ワリードの生涯と、その異常すぎる強さに迫ります。
“イスラム最強の将軍”誕生
ハリド・イブン・アル=ワリードは、7世紀頃のアラビア半島に生まれました。
当初、彼はイスラム勢力の敵側でした。
しかもかなり危険な存在です。
実際、初期イスラム軍を苦しめた「ウフドの戦い」では、騎兵を率いてムハンマド側へ大打撃を与えています。
つまり、
「敵としても強すぎた」
のです。
しかし後にイスラムへ改宗すると、その才能は一気に開花します。
なぜそんなに強かったのか?
ハリド最大の武器は、
• 圧倒的な機動力
• 騎兵運用
• 状況判断
• 恐怖心の薄さ
でした。
特に有名なのが、
“砂漠機動戦”
です。
普通の軍なら進軍できないような過酷な砂漠を突破し、敵の背後へ突然現れる。
まるでモンゴル軍のような機動戦術を、7世紀の時点で行っていたのです。
ビザンツ帝国を震撼させた男
当時の世界には、
• 東ローマ帝国(ビザンツ帝国)
• ササン朝ペルシャ
という超大国が存在していました。
普通なら、アラビア半島の新興勢力が勝てる相手ではありません。
しかしハリドは違いました。
彼は圧倒的不利な兵力差を覆し、次々と勝利を重ねます。
特に有名なのが、
ヤルムークの戦い
です。
この戦いでイスラム軍は東ローマ帝国軍を撃破。
中東世界の勢力図そのものを変えてしまいました。
この勝利によって、
• シリア
• レバント
• 中東
の運命が大きく変わったのです。
「一度も負けなかった男」
ハリドが恐ろしいのは、
「ほぼ無敗」
という点です。
しかも彼は、
• 小競り合い
• 遠征
• 大会戦
あらゆる戦場で結果を出しています。
単なる偶然ではありません。
• 戦術
• 統率力
• 精神力
全てが異常に高かったのです。
後世、イスラム世界で“伝説”として語られるのも当然でしょう。
ハリドはなぜ世界的にもっと有名ではないのか?
これは非常に興味深い点です。
実はハリド・イブン・アル=ワリードは、
「世界史的には超重要人物」
です。
しかし日本では、
• ナポレオン
• 三国志
• ローマ帝国
ほど知名度がありません。
理由の一つは、
“イスラム世界史そのものが日本であまり扱われない”
からです。
しかし視点を変えれば、
ハリドは「まだ日本人が知らない世界史最強クラスの英雄」とも言えます。
もしハリドが、
• モンゴル帝国
• 十字軍時代
• ナポレオン戦争
などに存在したらどうなっていたのか。
特に、
• チンギス・ハン
• スブタイ
• ハンニバル
のような“機動戦の天才”たちとの比較は非常に面白いテーマです。
実際、世界史マニアの間では、
「世界最強将軍ランキング」
で名前が挙がることも少なくありません。
日本ではあまり知られていないものの、世界には“歴史を変えた戦争の天才”たちが数多く存在します。
ハリド・イブン・アル=ワリードは、その代表格でしょう。
• 無敗
• 超機動戦
• 大帝国撃破
• 世界地図を書き換えた男
まさに、
“イスラム世界最強の将軍”
と呼ぶにふさわしい存在です。
参考文献
• The Great Arab Conquests
• Khalid ibn Al-Walid
• A History of the Arab Peoples
• イスラム初期史関連資料
