“幻の城”に迫る──坂本城跡の発掘で何がわかったのか?
戦国時代、明智光秀の居城として知られながら、長らく実態が謎に包まれていた坂本城。
近年の発掘調査によって、その姿がついに“見える形”で明らかになりつつあります。
では今回の発見で、何がわかったのでしょうか?
■ 三ノ丸の石垣がついに発見
最大の発見は、長さ約30mに及ぶ石垣です。
これは三ノ丸(外郭)とみられ、
• 高さ:約1m
• 長さ:30m以上
• 水堀とセットの構造
つまり
坂本城が本格的な“石垣の城”だった可能性が確定的になりました。
これまで坂本城は
「遺構がほとんど残らない=幻の城」
とされていましたが、
ついに“実在の構造”が裏付けられた瞬間です。
■「水の城」だったことが明確に
今回の調査では、
• 外堀(幅9〜10m規模)
• 舟入(船着き場とみられる遺構)
• 湖中に伸びる石列
なども確認されています。
これはかなり重要で、
坂本城は「琵琶湖と一体化した城」だった
ということがはっきりしました。
つまり
• 水運(物流)
• 防御(湖を盾にする)
• 政治拠点(京との接続)
この3つを兼ねた戦略拠点型の城だったわけです。
■ 瓦や出土品から“豪華さ”も判明
発掘では、
• 赤い瓦
• 黒い瓦
• 龍頭瓦(装飾瓦)
などが出土。
このことから
坂本城は“見せる城”だったということもわかります。
かつて宣教師フロイスが坂本城を見た際に
「安土城に次ぐ豪華さ」と評した記録がありますが、
それが裏付けられ始めています。
■ 城の全体構造が復元可能に
これまで坂本城は
• 絵図がほぼ残っていない
• 地上遺構も消失
という状態でした。
しかし今回の発見により
• 本丸
• 二ノ丸
• 三ノ丸
• 湖岸施設
これらの位置関係を立体的に復元できる段階へとなりました。
ついに「想像の城」から
**“再現できる城”へとなったのです。
■国史跡に指定──歴史的評価が確定
これらの成果を受けて、坂本城跡は
国の史跡に指定(2025年)されました。
評価ポイントは
• 織豊系城郭の技術が分かる
• 琵琶湖を活かした水城構造
• 政治・軍事・経済の拠点性
このことから
安土城に次ぐ、戦国後期の“最先端の城”だった可能性が認められたわけです。
今回の発掘で明らかになったのは、
坂本城は、安土城に並ぶ“近世城郭の先駆け”だった可能性です。

